梅干しのこだわり2(梅本来の美味しさ)

今回はこだわりの二つ目、「梅本来の美味しさ」についてです。

この美味しさに関してもこだわっていることはいくつかあるので、また少々長くなるかも知れませんが、よろしくお付き合いくださいませ^^

私たちの梅干しの材料は梅と塩だけです。
梅干しの味は酸味、塩味、食感(=やわらかさ)、さらには色などで人は評価していると言われており※1、個人的には香りも重要な要素だと感じています。
※1ウメの熟度違いがウメ干しの商品性に及ぼす影響 海水総合研究所 研究報告第18号 他

たった二つの材料なのに素材や配合を変えるだけで味はかなり変化します。
詳しくは企業秘密(←言ってみたかった!)なのですが、私たちの経験に論文などの知識を踏まえて、梅干しの味に影響が大きい要素をざっくりまとめてみるとこんな感じでしょうか。すぐマトリクスにしようとするのは元エンジニアの癖です・・・

各項目ともお伝えしたいことはたくさんあるのですが、今回は「梅の熟度」と「塩分」に絞らせて頂きます。

一つ目は「梅の熟度」に関してです。
私たちが梅干しに使う梅は、可能な限り梅が樹から栄養を受け取りきって自ら落ちる(=樹上完熟)まで収穫を待ちます。可能な限りと申しますのは、多くの落果が予想される大雨や強風予報の前日、あるいはピークが重なり収穫工数の調整がつけられないなどの事態があるからです。この場合はある基準以上に熟した梅を選別して手もぎを行います。

梅の中でも特に十郎梅や十郎小町は果皮が薄く、樹上完熟の梅はちょっとした衝撃で皮が破れてしまいますので、収穫前には園内に柱を立ててまわり収穫用のネットをハンモックのように空中に浮かせたり、草刈りをせず下草をクッション代わりにするなどの工夫をしております。それでも柔らかい実にはネットのスレ傷がついてしまうことがあります・・・。

ネットを空中に張り巡らせた当農園の様子。

ここまで完熟の度合いにこだわるのは、完熟になるほど梅本来の香りが強くなり果皮・果肉とも柔らかくなるためです。また漬けた際のpHもより低く(=酸性に)なり※2 酸味が増すだけでなく腐敗防止にも貢献し、結果的により塩分を抑えることにもつながります。後述しますが、塩分を抑えると隠れていた梅の香りをより感じやすい梅干しになります。こうして漬けていく過程で果皮・果肉ともにますます柔らかくなり、香り高い梅干しに仕上がります。
※2梅干しのこだわり1を参照。弊社梅干しのpH測定結果は約1.8でした。

ちなみに完熟した梅は、収穫後一日経つと大幅に追熟が進み傷みはじめてしまうほど漬け時のタイミングがシビアです。スーパーで販売されている梅は物流や店頭に並んでからお客様の手に渡るまでのタイムロスを見越して早めに収穫されたものが並びます。中には青梅の売れ残りを完熟梅と表示して販売しているケースも見かけますが、両者は全く別物です。ご自身で本当に柔らかい梅干しを漬けたい方は、直接梅農家から最適な熟度の梅を入手されることをおすすめします。
私たちは梅の栽培、収穫から漬け込みまでを一貫して行っているため、細やかに梅の熟度を見極め、漬けることが可能なのです。

写真は十郎梅。青梅が放置されて追熟したものは写真左のようなレモン色になり、香りは乏しく果肉は硬いまま。樹上で完熟したものは写真右のような山吹色になり、甘い芳醇な香りと人肌のような柔らかさの果肉になります。

二つ目は「塩分」に関してです。
梅干しは保存食として発展してきたため塩分はおよそ20%以上が昔の常識でした。なかには25%近いものもあったそうで、塩の飽和濃度が28%であることを考えると塩が漬け樽の底に沈殿するくらい入れていたのではないかと思います。ガツンとしょっぱい梅干しですね。私の祖母もしょっぱい梅干しを作っていましたが、私はこれが苦手で梅干し嫌いになりました・・・。

90年代に入り健康志向の高まりから様々な減塩食品が登場し、梅干しも減塩されたものが現れました。当初はただ塩を抜いた(脱塩と言います)だけでしたが、その過程で梅のうま味も抜けてしまうため評判が悪く、調味料を追加するようになり、これが現在の調味梅のルーツになった・・・と地元のベテラン加工業者さんから伺いました。
今では流通過程含めて冷蔵技術が進歩したこともあり、保存性が多少低くとも調味梅が多く流通しています。スーパーの梅干しコーナーを見ても大半が調味梅で、なんと塩分0%という梅干しもあります。多くは一度20%程度の塩分で漬けてから脱塩し調味料などを添加する作り方をしています。わざわざしょっぱくしたものを脱塩するのは余計な手間にも見えますが、塩分を下げると保存に気を使うようになったり皮が破れやすくなるため生産効率が低下するのではないかと考えています。調味した方が味を安定させられたり、独自性を出しやすかったりと調味梅には作り手側としても様々なメリットがあるのだと思います。

ですが、梅を栽培している身としては芳醇な生梅の香りを嗅いだり、時には味見で生梅をひと齧りするので、調味梅は梅本来の味や香りが抜けてしまっている感じがするのです。食べやすいけれど、なんだか苦労して育てた梅の実がただの味付けスポンジになってしまったように思えてしまう・・・。
国内で販売されている30種類以上の調味梅を取り寄せ味見しましたが、また食べたいと思うものには出会えませんでした。

昔ながらの梅干しは苦手、でも調味梅は味気ない。

そこで行きついたのが、脱塩しないで初めから低塩分で漬ける梅干しでした。
塩分を10~20%の間で2%刻みで漬け分けて、どの程度の塩分から自分は食べやすくなるのかを試しました。およそ14%以下であれば自分も周囲の人も食べやすいものになることがわかりました。さらに塩分を下げていくことでしょっぱさの陰に隠れていた梅本来のフルーティな芳香がより強く感じられていくことに気づきました。
また論文を調べたり、近隣で梅干しを作っている農家さんたちに成功談や失敗談のヒアリングを重ね、使う生梅の品質や製造時の衛生管理の肝をおさえれば、12%くらいでも保存が効く梅干しを作れる可能性があることがわかりました。現在販売している梅干しは塩分12%で製造し、検査機関での菌検査でも問題なしとなりました。
塩分を下げると梅干しの皮が柔らかくなるため、潰れたり破れたりしやすくなります。梅干しに触れる際には慎重に皮が破れないように扱う必要があり、特に皮が薄い十郎梅や十郎小町は苦労致します。

こうして先人の知恵を借りながら3年の試行錯誤を経て、ようやく梅干し嫌いの自分でも美味しいと思える梅干しが出来ました。でもまだまだ、もっと美味しい梅干しが作れるのではないかとも考えています。もしかしたら、自分が食べたいと思える調味梅を作るようになるかも知れません。

可能でしたら、ぜひご自身の手で生梅から梅干しを作ってみて下さい。漬けてから半年後に初めて口にする自家製梅干しの味は愛着溢れる別格のものになるかと思います!

粒が立った真っ白な炊き立てのごはんと、自家製の梅干し。
食材が様々な人の手を介して食卓に上るまでに思いを馳せながら
ゆっくりとよく噛んで頂く、丁寧な食事とか・・・いかがでしょう。


おまけ:酸味について
酸味はもともと食べ物の腐敗を検知するために発達した味覚なので、訓練しないと美味しいと思わないのだそうです。昨今は果物だけでなく野菜も品種改良を重ね糖度を上げており、酢の物も食卓に上らなくなっているので、酸味に触れる機会が少なくなっている、とTVで放送されているのを聞きました。時代の流れと言えばそれまでですが、味覚が貧相になっていくようでちょっと残念でもあります。
梅干しの酸味が苦手な方は、梅肉を崩してオイルと和えてみるととても食べやすくなります。ネットで「梅干し」「ドレッシング」で検索頂くと、ゴマや鰹節を入れた様々なバリエーションのレシピがヒットします^^

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